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ゑり福一推し

春に着たい憧れの紅花紬

シルクロードの行路にて日本までやってきたと伝えられる紅花。
江戸時代の全国紅花生産出荷量六割以上にもなる最上紅花ですが、当時山形では染色されることのない換金物として扱われていました。
紅花染は明治時代になると、化学染料の普及により衰退、戦後には幻の花となります。
しかしそれを惜しんだ有志たちが昭和20年代後半から復興を志し、ついに新田家三代目秀次さん・富子さんが紅花紬を発表しました。
そのことで評価も受けつつ全国へと広がります。今回ご紹介するのは現地にて仕入れをした五代目新田源太郎氏の紅花紬です。
気になることがございましたら「お問い合わせフォーム・お電話」どちらでも構いませんので、何なりとお申し付けください。
※画像データのため若干色目が異なることがございます。
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